法人成りした年の確定申告は、普段の確定申告とは少し違います。
1月1日から法人成りまでは個人事業主、その後は会社の役員。ひとつの年に2つの立場が混ざります。
さらに、個人事業で使っていた在庫、車、パソコン、機械などを法人へ引き継ぐのであれば、その処理も必要です。
ここが法人成りした年の確定申告をややこしくするところです。
しかも、資産の譲渡価額や借入金の引き継ぎ方など、確定申告のときに初めて考えるのでは遅い論点もあります。
この記事では、法人成りした年の確定申告で特に注意したいことを5つに整理します。
法人成りを予定している方は、会社を作る前にひととおり確認しておくことをおすすめします。
廃業届や法人設立後の各種届出については、別記事の「法人成りの手続き・届出・必要書類まとめ」で解説しています。
① 個人事業の所得と役員報酬を合わせて申告する
まずは基本的なところから。
たとえば4月1日に法人成りしたとします。
- 1月1日~3月31日:個人事業主としての事業
- 4月1日~12月31日:法人の役員
という形になります。
個人事業をしていた期間の所得は事業所得。
法人から受け取った役員報酬は給与所得です。
したがって、法人成りまでの事業所得について確定申告が必要となる通常のケースでは、事業所得と役員報酬による給与所得の両方を確定申告に含めます。
会社で年末調整をしていても、個人事業の所得まで年末調整で精算されるわけではありません。
ただし、給与を1か所から受け、給与収入が2,000万円以下で、給与・退職所得以外の所得が20万円以下であるなど、所得税の確定申告が不要となる例外はあります。
なお、確定申告をする場合には、年末調整済みの役員報酬も含めて申告します。
② 資産の引き継ぎ金額は適当に決めない
法人成りすると、
- 在庫
- パソコン
- 車
- 機械
- 備品
- 不動産
など、個人事業で使っていた資産を、そのまま会社で使いたいことがあります。
法人へ所有権を移す場合には、個人から法人へ売却する形で引き継ぐケースが一般的です。
個人と法人は、社長が同じ人でも別人格です。
「自分の会社だから0円で移しておけばいい」というものではありません。
無償で法人へ譲渡した場合には、資産によっては個人側で時価譲渡とみなされる問題があり、法人側でも受贈益などの問題が生じます。
ですので、資産を引き継ぐ場合は、
何を、いくらで、いつ法人へ売ったのか
を決め、売買契約書や資産の一覧などで記録を残しておくことをおすすめします。
在庫は「通常の販売価額の70%」が一つの目安
商品などの棚卸資産を法人へ著しく低い金額で売った場合には、通常の販売価額との差額について課税上の問題が出ます。
所得税の取扱いでは、通常の販売価額のおおむね70%未満で譲渡した場合が「著しく低い価額」の一つの基準になっています。
たとえば通常100万円で販売する商品を、法人へ30万円で移す、といった処理は避けたほうがいいでしょう。
ただし、「70%以上なら、どんなケースでも必ず問題ない」という意味ではありません。
法人側の税務処理も含め、合理的に説明できる金額を設定する必要があります。
一般的な備品は、帳簿価額を使えるケースも多い
パソコンや机、事務機器などの中古備品については、時価と帳簿価額に大きな差がないことも多いです。
そのような場合には、帳簿価額を譲渡価額として引き継ぐケースもあります。
たとえば税務上の帳簿価額が10万円で、中古市場でも10万円前後の価値しかないパソコンであれば、10万円で法人へ譲渡することに大きな違和感はありません。
一方、帳簿価額が100万円でも中古市場では300万円する車など、時価と帳簿価額が大きく違うものについて「帳簿価額だから大丈夫」と考えるのは危険です。
重要なのは帳簿価額そのものではなく、実際の時価との関係です。
法人への「時価の2分の1未満」の譲渡は特に注意
土地や建物、高額な車など含み益がある資産は、さらに注意が必要です。
個人から法人へ、譲渡所得の対象となる資産を時価の2分の1未満の金額で譲渡すると、所得税法59条により時価で譲渡したものとみなされることがあります。
たとえば、
- 土地の時価:1億円
- 法人への売却価格:4,000万円
とした場合。
実際には4,000万円しか受け取っていなくても、譲渡所得の収入金額を1億円として計算することになります。
手元に入っていない6,000万円分まで含めて譲渡所得を計算するわけです。
ただし、「時価の2分の1以上なら絶対に大丈夫」という意味でもありません。
自分が支配する同族会社などへの譲渡では、2分の1以上の対価であっても、著しく不合理な取引であれば所得税法157条の行為計算否認が問題になる可能性があります。
ですので、
- 在庫 → 通常販売価額を意識する
- 一般的な中古備品 → 時価と帳簿価額を比較する
- 不動産・高額車両など → 時価をきちんと確認する
という考え方が基本になります。
含み益がありそうな資産については、譲渡金額を決める前に税理士へ相談してください。
③ 資産の引き継ぎには消費税もかかる
ここも見落としやすいところです。
個人事業主が消費税の課税事業者である場合、事業で使用していた、
- 商品・在庫
- 建物
- 機械
- 車両
- 備品
などを法人へ譲渡すると、原則として消費税の課税対象になります。
つまり、所得税上の譲渡益がほとんどなくても、消費税は発生するというケースがあります。
たとえば、帳簿価額100万円の機械を法人へ100万円で売却した場合。
所得税上の利益がほぼ出なかったとしても、その100万円の譲渡が消費税の課税売上になることはあります。
インボイス制度をきっかけに課税事業者になった個人事業主も多いので、法人成りする際には特に注意してください。
なお、土地や借地権などの譲渡は消費税非課税です。
④ 個人事業税は「見込控除」をしておく
法人成りした年の確定申告で、ぜひ確認してほしいのが個人事業税です。
個人事業税は、その年の所得をもとに翌年課税される税金です。
通常は、実際に支払った年の必要経費になります。
ところが、個人事業を廃業すると少し事情が変わります。
たとえば2026年3月に個人事業を廃業した場合、2026年分の所得に対する個人事業税は2027年になってから決まります。
しかし2027年には、すでに個人事業をしていません。
そこで、事業を廃止した年については、翌年課税される個人事業税を見積もり、廃業年の必要経費に算入できる取扱いがあります。
これが「個人事業税の見込控除」です。
見込控除額の計算式
個人事業税の見込控除額は、次の式で計算します。
(A ± B)× R ÷(1+R)
A:事業税の課税見込額を控除する前の、その年分の事業所得の金額
B:事業税の課税標準を計算する際、Aに加算・減算する金額
R:個人事業税の税率
ここで、「なぜ1+Rで割るのか?」と思うかもしれません。
見込事業税をXとすると、
X=(A ± B-X)×R
となります。見込事業税Xを必要経費にすると、そのX自身の分だけ事業税の課税所得も減ります。
この循環計算をXについて解くと、
X=(A ± B)×R÷(1+R)
になる、という仕組みです。
事業主控除290万円は月割りになる
個人事業税では、所得税とは違う計算があります。
特に注意したいのが、
- 青色申告特別控除は個人事業税では適用されない
- 年の途中で廃業した場合、事業主控除290万円は月割り
という点です。千葉県でも、事業期間が1年未満の場合は290万円の事業主控除を月割りすると案内されています。
たとえば3月末に個人事業を廃業した場合。
290万円 × 3か月 ÷ 12
=72万5,000円
です。
290万円をそのまま引いてしまうと、見込事業税を少なく計算してしまいます。
具体例
3月末で法人成りした、第1種事業・税率5%のケースで考えます。
計算すると、
(4,350,000-75,000)×5%÷1.05
=203,571円
となります。
この203,571円を、廃業した年の必要経費に算入できます。
実際に翌年課税される個人事業税も、
(4,350,000-203,571+650,000-725,000)×5%
=203,571円
となり、見込額と一致します。
法人成りした年の確定申告では、忘れず確認しておきたいところです。
⑤ 借入金を法人に引き継ぐときは「資産と負債の差額」に注意
最後に借入金です。
個人事業で銀行や日本政策金融公庫などから借入をしている場合、「会社を作ったから、この借入も会社に移そう」と考えるでしょう。
ですが、法人成りしただけで個人名義の借入金が自動的に法人名義へ変わるわけではありません。
金融機関との契約変更、債務引受、新たな融資などの手続きが必要です。
ですので、まず銀行と相談する必要があります。
負債のほうが多い場合は、差額をどう処理するか
借入金がある場合に注意したいのが、法人へ引き継ぐ資産より、法人が引き受ける負債のほうが多いケースです。
たとえば、
- 引き継ぐ資産:100万円
- 法人が引き受ける借入金:300万円
だとします。単純に見ると200万円の差があります。
この200万円は法人側からすると、社長に対する貸付金として処理することが考えられます。
つまり法人が200万円をただ肩代わりしたのではなく、「いったん法人が負担した200万円を、後で社長から返してもらう」ということです。
役員貸付金を返さなくていいことにすると問題になる
問題になるのは、その役員貸付金を、「社長から返してもらわなくていい」としてしまった場合です。
法人が役員に対する債権を放棄した場合や、役員の債務を無償で引き受けた場合、その経済的利益は法人税上、役員に対する給与として扱われることがあります。
したがって、「とりあえず借入だけ法人へ移して、差額は後で考える」という進め方はおすすめできません。
個人の借入をいったん完済し、法人で借り直す方法もある
借入金については、必ずしも既存の個人借入をそのまま法人へ債務引受する必要はありません。
状況によっては、
- 個人名義の既存借入金をいったん全額返済する
- 法人が金融機関から改めて融資を受ける
という形で整理する方法もあります。
たとえば個人に500万円の借入残高がある場合に、金融機関と相談したうえで、個人の500万円を完済し、法人に500万円程度の新規融資を実行するという形です。
そもそも法人に引き継がないという選択もあるでしょう。
大切なのは、
会社を作ってから銀行に「この借入どうしましょう?」と相談するのではなく、法人成りを決めた段階で銀行と相談すること
です。
金融機関と、
- 個人の借入をそのまま残すのか
- 法人へ債務引受するのか
- 個人でいったん完済し、法人で新規に借りるのか
- どの資産・負債を法人へ引き継ぐのか
を事前に整理します。
信用保証協会も、法人成りをする場合には既存借入について金融機関へ連絡し、法人への債務引受等を検討するよう案内しています。
借入金は、銀行側の融資手続きと税務上の資産・負債の引き継ぎをセットで考える必要があります。
法人成りした年の確定申告は「会社を作る前」から始まっている
ここまで見てきたとおり、法人成りした年の確定申告では、
- 個人事業の所得
- 法人から受け取った役員報酬
- 資産の譲渡
- 消費税
- 個人事業税
- 借入金
など、普段の確定申告にはない論点が出てきます。
特に、
資産をいくらで法人へ移すか
借入金をどう引き継ぐか
は、確定申告書を作る段階になってから変更できるものではありません。
法人成りした年の確定申告は、ある意味では会社を作る前から始まっていると考えたほうがいいでしょう。
まとめ
法人成りした年の確定申告で、特に注意したいのは次の5つです。
① 個人事業の所得と役員報酬を合わせて申告する
法人成り前の事業所得と、法人成り後の給与所得を合わせて申告します。
② 資産の引き継ぎ金額を適切に決める
在庫は通常販売価額との関係を確認。
備品なども帳簿価額だけではなく時価を確認します。
法人への時価の2分の1未満の譲渡はみなし譲渡に注意し、2分の1以上でも必ず安全とは限りません。
③ 課税事業者なら消費税にも注意
事業用の在庫、機械、車、建物などを法人へ譲渡すれば、消費税の課税売上になることがあります。
土地・借地権などは非課税です。
④ 個人事業税の見込控除を確認する
廃業年の所得に対して翌年課税される個人事業税は、一定の計算によって廃業年の必要経費にできます。
見込控除を忘れても後から対応できますが、最初から計上しておいたほうが手間がありません。
⑤ 借入金は銀行と税理士に事前相談する
借入金は法人成りによって自動的に法人へ移るわけではありません。
資産と負債を一緒に引き継ぐ場合は、その差額処理にも注意します。
必要に応じて、
個人借入をいったん完済し、法人で新たに融資を受ける
という方法も含めて、法人成り前に金融機関と相談しておきましょう。
法人成りした年の確定申告は、普段の確定申告とは違います。
そして、その中でも特に重要な部分は、確定申告を作るときではなく、会社を作る前に決めることです。
当事務所でも、
- 法人成りのシミュレーション
- 役員報酬の設定
- 資産・負債の引き継ぎ
- 消費税の検討
- 法人成りに伴う届出
- 個人事業主として最後の確定申告
まで含めてご相談いただけます。
法人成りを予定している方は、会社を作る前に一度確認しておくことをおすすめします。

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